これからプロダクトデザイナーになりたいと思っている予備校生や美大生、若手のデザイナーのキャリア形成に役立てば幸いです。
1.企業デザイナー20年の経験から
20年間のプロダクトデザイナーとしての経験を通じて、仕事の進め方や必要なスキルについてお話しします。ここで読む内容は、おそらく有名なデザイナーのインタビュー記事とは異なるものになるでしょう。なぜなら、有名なデザイナーたちは自分の会社を持って独立している方もいますし、企業の有名なデザイナーは管理職としての視点で語っていると思います。一方、私は企業でのデザイナーとしてプレイングマネージャーの視点から語っているのですから、実務により近い形でお話できると考えています。
この記事ではプロダクトデザイナーの目的や仕事の工程、スキルセットについて段階的に語っています。少し長いですが、これからこの業界に飛ぶこむ方がイメージしやすい様に書いています。
2.プロダクトデザイナーとは?工業デザイナーとの違いを解説
このブログでは「プロダクトデザイナー」という言葉を使用していますが、これは製品デザインする人々の総称です。企業や業界によって指す範囲は異なることがあります。例えば、オートバイメーカーではプロダクトデザイナーはオートバイのデザインを担当するかもしれませんし、別の企業ではキッチン用品のデザインを行うかもしれません。
このような幅広い範囲を指すために、英語で「プロダクトデザイナー」とも呼ばれます。しかし、最近の傾向として、ソフトウェア「製品」(アプリケーションなど)のデザイナーも「製品」を英訳するとプロダクトですから、プロダクトデザイナーと称されることが増えてきました。これらを明確に区別するため、工業製品のデザイナーを「インダストリアルデザイナー」という言葉で表現されることがあります。当HPでは著者の経験から、工業製品のデザインに向けての発信が中心となります。
3.プロダクトデザイナーの目的「人々の生活を豊かにする」
プロダクトデザイナーの目的感は個人によって異なるかもしれませんが、私の見解を共有させていただきます。プロダクトデザイナーの真の目的は、製品が何であれ「人々の生活を豊かにすること」ではないでしょうか?
工業製品は多岐にわたります。時計のようにファッション性が重要なものから、ハンマーやタイヤのように機能性が優先されるものまであります。したがって、消費者の「豊かさ」は時に、気分を高揚させたり所有欲を満たすことから生まれることもあれば、使いやすく便利で壊れにくい製品であることから「豊かさ」が生まれることもあります。
私自身も携帯電話、家電製品、装飾品などのデザインを手がけてきましたが、それぞれ異なる種類の「豊かさ」が存在することを実感しています。しかし、共通していえるのは、プロダクトデザイナーの使命は「人々の生活を豊かにすること」であるということです。皆さんはどのようにお考えでしょうか?これはデザイナーになろうとしている10代の頃から幾度となく考え、時の先輩に影響されたり、著名なデザイナーの本に触発されたり、デザイナーになってから自分の製品が売られる現場や作られる現場、使われる現場で学んだり、お客様から感じ取ることを繰り返して個々人が異なる目的を持つのだと思います。
ここでは私の「人々の生活を豊かにすること」をベースにお話を進めます。
4. プロダクトデザイナーの役割と仕事内容
プロダクトデザイナーの仕事において、主な役割は、自社の製品のCMF(Color:色、Material:材料、Finishing:仕上げ)と形状を考えることです。CMFという言葉は、業界では広く使われており、最近ではCMFデザイナーという専門家も登場し、形状設計とCMF設計という2つの分野で異なるデザイナーが1つの製品で分業することもあります。
CMFと形状設計は、製品の外観を具現化する役割です。しかし、ただ感覚的にCMFと形状を考えるだけでは、本物の製品が誕生しません。製品の工法や構造を考慮に入れ、最適なCMFと形状を設計する必要があります。工法や構造については美術大学や専門学校で学ぶこともできますが、実際に仕事に就いてからの学びが大きいと感じます。なぜなら、同じ製品を製造する二つの会社があったとしても、工場の設備やスタッフの違いによって製造方法や仕上がりが異なるため現場で学ぶ必要があるのです。ここで大切なのは、”3現主義”と呼ばれるアプローチで、「現場」に足を運んで実際の製造プロセスを見学し、「現物」を観察し、そして「現実」を理解することです。これによって、最適なCMFと形状をデザインできるようになります。このアプローチは、製造だけでなく、製品を使用するユーザーや購入するユーザーのニーズを理解する際にも重要です。
これまで、CMFと形状設計の仕事内容について説明してきました。最後に取り上げる重要な仕事の一つは、「ターゲットユーザーへのアプローチ」です。製品の外観を完璧にデザインできたとしても、ユーザーの役に立たなければ、私たちの「人々の生活を豊かにする」という目標は達成されません。このため、ユーザーのニーズを調査し、トレンドを把握し、CMFや形状を調整して、ターゲットユーザーにアプローチする方法を考える必要があります。これがデザインコンセプトの形成や、ターゲットユーザーに対する狙いを示す業務です。簡単に言えば、コンセプトを考える作業です。以下の図で示すように、これまで述べてきたプロダクトデザイナーの取り組みは、目的である「人々の生活を豊かにする」を実現するために展開されています。
[図:プロダクトデザイナーの取り組み]
このように、プロダクトデザイナーの仕事は、製品の外観から製造方法まで幅広い要素を統合して、ユーザーに価値を提供することを目指しています。
5. 業務の推進ステップ
1.企画説明
企業では年間の売り上げ目標に対して製造および販売する商品の数が計画されます。商品は価格帯別に構成され、低価格から高価格のブランドまで含まれる場合や高級品だけを選択するなどブランドの目的によって多様です。売上目標の達成のための製品数ですが、ブランドの市場ポジションや工場の稼働率の維持にも大きく影響します。
こうした背景を踏まえて、企画者は各商品の企画書を作成し、デザイナーや部品調達、製造、設計、流通、品質保証、営業などの部門を巻き込み、計画内容を詳細に説明し、あらゆる視点から問題がないか確認します。問題がなければ、最終的な決定権を持つ意思決定者(事業責任者、営業トップ、企画部門のトップなど)が、この企画を進めるかどうかを判断します。
また、この段階で企画書だけでは具体的なイメージが不足している場合には、プロダクトデザイナーに企画に合わせたラフスケッチを求められることもあります。こうしたプロセスでは、企画者が「人々の生活を豊かにする」という目標に向け、どのような解決策を提供しようとしているのかを理解し、共に考えるフェーズと捉えることができます。
2.デザイン案の作成
企画内容が意思決定者に承認され、進行することが決まるとデザイン案をスケジュールに沿って提案することを求められます。「ターゲットユーザーへのアプローチ」を意識して企画書を読み返し、どのようなユーザーがターゲットなのか?どういう場所で使うのか?価格としては高いものなのか?手頃なものなのか?などを汲み取りデザイン案を作成します。会社によっては1度ラフスケッチや線画で関係者を集めて途中経過でレビューを貰いながら修正を加え進める場合やラフスケッチはデザイン部門内でのレビューとして、最終的なレンダリングだけをを関係者に提示する場合があります。表現方法も3Dレンダリングを用意するか、2Dのレンダリングで用意するかはその会社の方針や商材によって変わってきます。
ここでは「ターゲットユーザーへのアプローチ」を意識し、「工法や構造を配慮」しながらスケッチやレンダリングを作成する必要があります。最初から工法や構造を意識し過ぎるとアイデアの幅が狭くなりがちなので、ラフスケッチの段階では幅を広げることを目的にやや人に笑われるようなアイデアも織り交ぜることが重要です。段階が進むにつれ、工法や構造に無理がないか?コストに見合うか?そもそもユーザーにアプローチできているかというチェックを厳しくしていく必要があります。
3.試作案決定に向けたプレゼン
デザイン案を提出するだけでなく、その案がなぜ対象の企画に最適かを説明する必要があります。プレゼンテーション当日まで待たずに、事前に以下の点を確認しておく必要があります:企画内容とデザインの整合性、デザインにかかる想定コスト、設計の実現可能性など。これらの確認は関係者とのコミュニケーションを通じて行われ、デザインコンセプトやデザイン自体のプレゼンテーションは関係者の承認を得た上で行います。絵を描くだけでなく、実現可能性を関係者の視点から評価し、プレゼンテーション資料を作成することも重要です。さらに、関係者のフィードバックを反映する時間やプレゼンテーション資料の作成に時間を割く段取りも必要です。スキルアップは日々の作業の質を向上させるためにも重要です。たとえば、絵を描くスピードや3D操作のスキルがあれば、他の作業に時間を割く余裕が生まれます。
この段階のプレゼンではモックアップという精巧な試作品を作成するかどうかを意思決定者が判断します。ここでのポイントは試作品を作るということは設計工数や試作費用が発生しますので、それを掛けても作る必要があるか?収益は上がるか?ということが重要な判断基準になります。作る必要があって収益が上がるものとはなんでしょうか?やはり「人々の生活が豊かになる」ということができているかどうかです。
4.試作指示の作成
モックアップ作成の承認が得られた場合、デザイナーとして嬉しい限りですが道半ばです。試作するには形状や色を設計者に伝えて、製造できる設計をしてもらう必要があります。伝えるには図面や3Dデータを渡し、色や仕上げについては仕様書を作成して部品ごとの色の組み合わせなどを指示します。ここで間違った指示をすると試作費をかけて無駄なものを作ってしまい大変なことになりますので、デザイナーとしては大変気を使う場面でもあります。
5.サンプル確認/量産に向けたプレゼン
ある一定の期間を経て、試作品が仕上がってきます。デザイナーにとっては楽しみな瞬間です。出来上がった試作品を携えて再度、関係者のレビューを経てデザイン性、採算性、量産課題は無いか?プロモーション案の想定は大丈夫かなどを確認して量産の承認がおります。ここでもプレゼンを実施する機会がありますので準備することが求められます。
6. 必要なスキル
スケッチ力
こちらは手書きでもi Padなどのタブレットでもどちらでも良いです。早く簡単にイメージを伝えて関係者の認識を統一してフィードバックを得るには大変有効です。言葉だけで話していても雲を掴むような話になってしまい、関係者が全員異なるモノを想像していたなんてことはよくあります。ビジュアル化して皆に提示できる能力としてスケッチは大変重要です。
レンダリングの技術
2Dレンダリングと3Dレンダリングがありますが、両方の技能に長けていた方が有利です。昔からプロダクトデザインをやっている人は2Dレンダリング(PhotoshopやIllustrator、手描きなどで描くある方向から見た製品の絵)は当たり前でしょうが、現在の若い人には3Dレンダリング(3DCADと呼ばれるソフトで3Dモデルを作成して絵にすること。視点の変更が可能)が当たり前になっています。現代において3Dは必須と言っても過言ではありません、が実際には3D CADが使えない人も現場に多いのも事実です。取り組んでおくと若い人にとっては職場での存在価値になる可能性もありますのでお勧めです。
両方が長けている方が良い点についてですが、3Dレンダリングをするにはいくら操作が早くなっても全方位をモデリングする必要があります。なぜなら後ろ側を見たりできるからです。そのため、2Dレンダリングより早さに欠ける点があります。ですので、早く数案、色付きである程度のレベルで提示したい場合は2Dの方が早い場合もあります。スキルは複数持ち合わせて状況に合わせて使い分けられる方がAdaptive(適用性が高い)でお勧めです。
プレゼンの技術
ワークフローにも登場した通り、プレゼンの機会があります。目的を明確にしてビジュアルを用意して皆を一つの方向に向けるプレゼンになります。責任も重く判断する側も厳しい目を向けますので論理的に分かりやすく伝える必要があります。
コミュニケーション能力
プレゼンの技術に近いかも知れませんが、ワークフローの中で企画者や技術者などの関係者からフィードバックをもらって反映し、合意するのにコミュニケーション能力は必須になってきます。時には反映するばかりではなく、関係者を説得してデザインを優先する判断をお願いする場面も出てきます。そんな意見の対立が起こったときにも目的に根ざして誘導できる能力が必要になります。また、コミュニケーションを取る関係者が日本人とは限りませんので海外の工場や海外の代理店などの可能性もあります、その場合は英語を学んでおくことも一助になると思います。
他にも必要なスキルはあります
上記以外にも「材料知識」「図面読解力」「プロジェクト管理力」「製造プロセスの理解」など様々ですが、ここではアウトプットが求められる業務推進のステップに沿って紹介させていただきました。
7. まとめ
1.企画説明:スケッチなどラフなイメージの作成
2.デザイン案の作成:2Dレンダリング、3Dレンダリング
3.試作/量産に向けたプレゼン:プレゼン能力
4.すべての段階:関係者とのコミュニケーション能力、語学力
プロダクトデザインは、感性的な部分と理性的な部分とが混在しています。例え話ですが、「近視眼と遠視を繰り返す」様です。離れてデザインやプロジェクトを見ては冷静に全体の中でデザインが適正になっているか、近づいて細部まで後悔のない様に、お客様に出来る限り喜んでいただける様に手を尽くしたかを行ったり来たりしながら質を上げている様な手の掛かる仕事だと思います。
しかし、この道に進む方々にとって挑戦的でやりがいのある仕事であることは間違いありません。